「エルサ・ペレッティがティファニーの一員となった日は、ティファニーのデザイン イノベーションにおける新しい幕開けでもありました」 

—Tiffany & Co.元会長兼CEO マイケル・J.コワルスキー 

イタリアで生まれ、ローマとスイスで教育を受けたペレッティは、インテリアデザインの学位を取るために最終的にローマに戻りました。1969年までに、彼女はニューヨークとバルセロナでファッションモデルとして活躍し、その頃にオリジナルジュエリーのデザインを始めました。アメリカのファッションデザイナーであるジョルジョ・ディ・サンタンジェロが、彼女の作品のいくつかをファッションショーで起用し、すぐさま多くの名声を得ました。ちょうどその頃、彼女は伝説的なデザイナーであるホルストンと出会いました。彼は彼女の長きにわたる友人となり、多くのコラボレーションが生み出されました。 

ボトル、オープン ハート、ビーン、ボーンカフなど数々の珠玉のコレクションを10年間発表し続けた後、1980年代には彼女のコレクションに チャイナ、クリスタル、シルバーなどのホームデザインの分野が加わりました。彼女のデザインするジュエリーのように、新しいホームデザインも滑らかな形状や柔らかな感触が称えられています。それらは生活への慈しみ、寛大なホストの温かさ、美しさと実用性が常にともにあるべきだという考えを巧みに表現しています。 

 

 

「触感は重要です。私はものに触れることで様々なインスピレーションを得ています」。

彼女の目覚ましい功績を称えて、ティファニーはファッション工科大学(FIT)のジュエリーデザイン学科に「エルサ・ペレッティ プロフェッサーシップ」を設立、FITでは史上初の寄付基金教授職となりました。2001年、ペレッティはFITより名誉美術学博士号を授与されました。

 

1971年にはコティ ジュエリー賞を受賞、1981年にはロードアイランド デザイン学校校長賞を受賞しています。1996年、カウンシル オブ ファッション デザイナーズ オブ アメリカは、ペレッティを「デザイナー オブ ザ イヤー」に選出しました。エルサ・ペレッティのデザインの数々は、ロンドンの大英博物館、ニューヨークのメトロポリタン美術館、マサチューセッツ州のボストン美術館、テキサス州のヒューストン美術館において、常設コレクションとして展示されています。

 

何十年にも渡り、そのスタイルや美しさを維持できるデザインはほとんどありません。しかしペレッティのデザインは、今日も今まで以上にモダンなものであり続けています。